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映画「サムライマラソン」の舞台「安中市」ゆかりの地を巡ってみませんか?

映画「サムライマラソン」の舞台「安中市」ゆかりの地を巡ってみませんか?

■映画のあらすじ
日本のマラソンの発祥と言われ、幕末から現在まで160年以上にわたって受け継がれている群馬県安中市の「安政遠足」を題材にした土橋章宏の小説『幕末まらそん侍』を映画化。迫る外国の脅威に備えて安中藩主・板倉勝明が藩士を鍛えるために十五里の山道を走る遠足を計画するが、この動きが幕府への反逆とみなされ、藩士不在
の城に藩の取り潰しを狙う刺客が送り込まれたことから、ただ1人迫る危機を知った男が計画の阻止のために走り出す!

■主な出演者
佐藤健・森山未來・小松菜奈・長谷川博己・染谷将太・青木崇高・竹中直人・豊川悦司

■ゆかりの地巡りの内容について
今なお安中市で続く「安政遠足マラソン」のゆかりの地を巡るツアーを開催!
スポットをお客様ご自身で巡っていただく推奨ルートをご提案いたします。

各スポットでのガイドなどは直接、各スポットへお問い合わせいただくかたちとなりますのでご了承ください。

■ガイドがいるスポットはこちら ※ご希望日にガイドが可能かは各スポットへお問い合わせください

旧碓氷郡役所

太政官布告第十七号、「郡区編成法」により明治11年12月碓氷郡役所が開庁しました。当時70ヶ町村(人口約4万人)を統轄した郡役所は伝馬町の旧本陣須藤国平氏宅を仮用していましたが、明治21年6月30日、現在地約500坪に白壁の壮大華麗な新庁舎を落成しました。
しかし、不幸なことに明治43年9月20日夜原因不明の出火により全焼、書類もことごとく烏有に帰してしまいました。そこで新たに工を起し、同所に明治44年9月20日新郡役所を竣工しました。これが現存する碓氷郡役所であります。この時の棟梁は安中町谷津の柴田平吉、間口17間奥行5間、建坪85坪には安中の杉並木10本が切られて用材として用いられました。その時の開庁式の様子を上毛新聞は「碓氷郡役所開庁式、名士雲の如く集る、安中町空前の盛観」とその盛況ぶりを伝えています。
来賓の主な方々は、群馬県知事神山閏次氏をはじめ、県土木課長、郡会議員、町村長、小学校長、各新聞社社長などでありました。町中に国旗や提灯を掲げ、碓氷川原では花火もあげました。
式の後来賓たちは旧安中校の敷地内で催された青年相撲大会を見物し、さらに安中座での宴会に臨みました。夜になると安中町は西毛水電会社の寄贈したイルミネーションが点じられ一層の美観を呈したということです。
大正15年7月1日碓氷郡役所は廃止となり、建物は碓氷郡農業会が使用、昭和17年に碓氷地方事務所が開設使用、昭和 32年事務所廃止後は安中農政事務所が開設使用(安中農業改良普及事務所、高崎財務事務所、教育事務所も同居)、しかし昭和48年までにはすべてが移転し空家となっていましたが、同49年群馬県が土地家屋を安中市へ贈与されました。同56年3月一部贈与契約書を変更し以後倉庫として使用し今日に至っています。
県内各地の郡役所の建物も次々と取り壊され、現在残っているのは碓氷郡役所の建物だけとなっています。地方自治の歴史を示す貴重な建物であるため、平成8年度から地域文化財保全事業により、建物の改修を行い後生のため保全することを目的に事業を進め、平成10年2月1日より公開されています。

新島襄旧宅

新島襄は、天保14年(1843年)、安中藩士の子として江戸・神田に生まれました。21歳で渡米しキリスト教徒となり、帰国後父母の住む安中へ帰郷し、キリスト教を伝道しました。その後、神戸から京都へ向かい、同志社英学校を設立し、47歳でこの世を去りました。ここでは、その遺品や関係書類、写真などを展示しています。ぜひ、お出かけください。

▼新島襄について
安中市は、「文教のまち」として知られています。これは、江戸時代の安中藩主板倉勝明侯によって基礎が築かれました。
新島襄は、この勝明侯の感化を受けましたが、新島襄自身も安中にキリスト教の教えを伝えるなど、安中の文化に多大の影響を残しました。新島襄の影響を受けた安中の文化人には、湯浅治郎、湯浅半月、海老名弾正、柏木義円、千木良昌庵などがいます。また、碓氷社でも社員教育にキリスト教の教えを採用していました。
新島襄は、明治7年(1874)11月29日に、この家で元治元年(1864)以来十年ぶりに父母姉妹と再会しました。ここは新島襄が、まさに十年間にわたるアメリカでの苦学を活かして日本での活動を始める第一歩となったところです。
その後、新島襄は、京都に同志社英学校を設立してキリスト教を基にした人格教育を行うことに全力を尽くし、明治23年(1890)1月23日に神奈川県の大磯で亡くなりました。その後、昭和38年に安中市はこの新島襄の旧宅を移築し、その遺品や関係書類及び写真等を収集して展示する施設を造り、昭和39年に開館しました。ここを訪れる人々が新島襄の事績を偲ぶとともに、その精神を受け継いでいくことを念願いたします。

■ご案内
所在地    安中市安中一丁目7番30号
開館時間   午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日    月曜休館(月曜が祝日の場合はその翌平日)
       年末年始休館(12月28日〜翌1月4日)
入館料    無料
問い合わせ  027-382-7622(学習の森)

五料の茶屋本陣

茶屋本陣は大名や公家などが休息したところです。いずれも県史跡に指定され、復元修理も行われて一般公開されています。お西、お東ともに茶屋本陣であり、名主の役宅でもあって、その上同年代の建物であるため、その大きさや構造はほぼ同じです。

■ご案内
所在地    安中市松井田町五料564‐1
開館時間   午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日    月曜休館(月曜が祝日の場合はその翌平日)
       年末年始休館(12月28日〜翌1月4日)
入館料    大人  個人 210円 団体20人以上 150円
       小人  個人 100円 団体20人以上 70円
問い合わせ  027‐393‐4790

碓氷関所跡

碓氷関所は1616年、江戸幕府によって設置されました。中山道は特に重要な交通路であったため、関東出入国の関門として、幕府は「入鉄砲と出女」を厳しく監視しました。東西に門があり、西を幕府が、東を安中藩が守っていました。
その東門が昭和35年、関所跡に復元され、隣接地に関所史料館も建てられました。また、平成30年から関所跡の南にある「麻苧茶屋」内に展示室がオープンし、関所および近世交通に関する史料を展示しています。
毎年5月、安政遠足(侍マラソン)の開催日には関所周辺で「碓氷関所まつり」が行われ、獅子舞や八木節などの郷土芸能が披露されます。

▼碓氷関所史料展示室観覧希望の方へ
碓氷関所史料館の史料は平成30年4月から、「麻苧茶屋」(碓氷峠鉄道文化むら北・横川郵便局の西)内の「碓氷関所史料展示室」に移し、展示をしています。麻苧茶屋には安中市観光機構が常駐しており、年末年始を除き開館しております。なお、碓氷関所跡では引き続き、4・5・10・11月の土日祝日は碓氷関所保存会のご協力により、現地での解説を行います。

■ご案内
所在地    安中市松井田町横川573
開館時間   午前9時〜午後4時30分(入館は午後4時まで)
入館料    無料
問い合わせ  027-382-7622(平日のみ)
       安中市教育委員会文化財保護課文化財活用係

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